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2026/07/13(Mon)
もう疲れたんだよ
9日、れいわ新撰組の山本太郎代表が、党の代表を辞任した。さらには、政界引退も表明。
令和2年に旗揚げしてから7年。 その幕切れは、呆気なかった。 山本太郎氏の演説は、感動ものだった。こんなに演説の上手い人を濱田は見たことがなかった。彼は自身の演説で、感極まって泣いていたし、聴衆も泣いていた。 彼の訴えていた現代貨幣理論や、反ワクチンや、反原発は、行き過ぎた面も否めないが、彼の行動力やカリスマ性は、誰も否定できない事実だったと思う。 とにかく、彼は7年間、突っ走ったのだ。 すると体が悲鳴を上げた。彼は癌の一歩手前の症状に陥ってしまったのだ。 そして、すべてのことに、疲れてしまったんだろうと思うのである。 資本主義のこの世界で、野党的な立場の政治家がいなくなったら、本当に困るのは実は国民なのだ。 政治家の役割は、金持ちの代弁ではない。声なき声を汲み取って、それを代弁していくこと。常に弱者に寄り添い、弱者の視点を踏まえ、社会をより良き方向に導くことにあるはずなのだ。 山本太郎の引退は、強力な代弁者が一人いなくなってしまったことを意味している。 個人的には、彼の引退は、本当に残念根ことだと思うのである。
2026/07/12(Sun)
神道と天皇と
明治維新政府は幕府を倒し、近代国家を樹立する過程で、どのような形で国民を統合していくのか、を模索。
そして、国家運営の基本に据えられたのが【国家神道】という概念だったのだ。 明治政府は、神道と天皇を用いて、【国家による神の設計】を行ったと言えるのだ。 明治政府は、【国家神道】を定着させるため、神仏分離令(1868年)を発令している。 仏教は外来の宗教と認定され、日本全国の多くの寺や仏像が破壊され燃やされた、いわゆる【廃物棄却】が断行されたのである。 明治政府は日本の純粋な宗教として、神道を【国家神道】に昇華したのであった。 天皇は【現人神・あらひとがみ】と定義され、天皇そのものが、信仰の対象になって行ったのである。 明治政府は、国家神道そして神格化された天皇を中心に、【国民の精神的統合】を行っていったことが分かる。 【国家神道】という明治政府が創り出したシステムに必要なのは、信仰ではなく、【国民道徳】や国家に対する【忠誠心】だった。 1890年には、【教育勅語】が発布され、忠君愛国、親孝行、神の子孫としての天皇陛下への忠誠が、学校教育の基本に据えられている。 【靖国神社】もこの過程の中で整備され、国のために命を捧げた者たちは、以降、英霊として祀られるようになったのである。 国家神道ができるまで、国のために死んだ者が英霊として祀られるという概念自体が、この国になかった。 繰り返すが、明治政府が目指したのは、信仰ではなく、【道徳】と【忠誠】に基づいた国造りだったことが分かるのだ。 ちなみに、神道には、明確な【教義】や【経典】は存在しない。 儀礼や儀式はあるのだが、教義や経典が存在しない不思議な宗教なのだ。もちろん厳しい戒律の類もない。 教義や経典が存在しない宗教なんて、日本の神道以外に存在しないのではないか。 そして、明治政府が重んじたのは、神格化された天皇に正統性を持たせるストーリーだったのだ。 それが【万世一系】【男系男子】という考え方だったのだと思う。 教義や経典に正統性を見出すのではなくて、神の子孫、神の血統であることに正統性を見出すということ。 だから、女系天皇は絶対に認められないのだ。 教義・経典より、大切なのは【血統】ということ。 では、神道は何をしている宗教なのか? ひたすら祈る。国民の安寧と国家の安泰を、ひたすら祈る。それが神道の本質なのかもしれない。 道徳と忠誠の結果、日本は戦争に負けた。 敗戦の翌年、1946年、昭和天皇は「人間宣言」を行い“私は現人神ではない”と明言。 その発言を聴いて、多くの日本人が腰を抜かしたとされる。 政府が、明治以降80年近くに渡って【現人神】とプロパガンダを行うことによって、ほとんどの日本人は、天皇は神様だと信じ込んでいたのだから・・・・ 残念ながら、ほとんどの日本人は、これまでの流れ自体が頭に入っていないことが言える。神道や天皇に関して、もともと学んでいないし、知らないのだ。 本来、無知の間では、議論は成立しない。 天皇のあり方に付いて、国会議員が喧々諤々で議論するのが望ましいことなのであるが、結果、そうなっていない現実があるのだと思う。
2026/07/11(Sat)
雑感
11日、土曜日、有権者廻りをした。
2時間、外回りをすると、汗まみれになった。 本日、ある店に立ち寄ったら、追い返された。 剣もほろろ。 55歳、中年。 俺は、なにをやっているのだろうか、と思うのだ。 良いこともあった。 8日、認知症対応型のグループホームが9名の満床となった。2ヵ月前、立て続けに、入院と退去が重なり、6名まで稼働が落ち込んでいた。 3人減の状態は、施設にとっては致命傷で、ようやく危機的な状態が解消されたことになる。 小規模多機能ホームの増築工事は、さらに遅れるようなのだが、8月からは新体制でスタートできる模様。 何度も書くが、介護施設は、【物価高】と【人材不足】の問題を抱えている。 この問題をどう乗り越えていくか? あらゆる知恵を駆使して、乗り越えていくしかないのだと思う。 人生と云うのは、悩みが尽きないものなのであるが、まあ、元気なうちは、とことん進んで行くしかないんだろうと思うのである。
2026/07/10(Fri)
ルーティーン
今週頭に梅雨が明け、一気に猛暑日に入った。夏、真っ盛りと言った感じか。
7月に入り、連日、有権者廻りを繰り返している。 朝、街頭演説をして、午前中に仕事を済ませ、午後から2〜3時間、有権者廻りをする。 これの繰り返しだ。 こんなことしている55歳なんていないよ、と思う。 有権者と話す際に 「いま、落選中です」 と伝えることがある。 すると、聞いた相手は、ほとんど例外なく、笑顔になる。 なぜ笑顔になるのかは、不明なのだが、笑顔なのだ。 今年2月の衆議院選挙で、立憲民主党の議員が大量に落選。その後、救済策として、落選した議員や候補者に月40万円の活動費を支給するしない云々のニュースが流れていた。 政治家の歳費(給料)だけが収入源、といった政治家は、案外、多くて、そんな人は、議席を失うと、立ちどころに窮することになるのだ。 濱田が10年前に起業していなかったら、再び選挙に出ることはなかったであろうことが分かる。 濱田は事業を計画し、従業員を雇い、給料を支払い、各種税金を支払い、取引先への支払いを済ませ、経済基盤を整える。 そして自分の好きな政治活動を行う。 お前は、自立した大人だよ。 と思うのだ。 福岡県議会で、議長や副議長に就任する際に、みかじめ料を支払ったりしている背景には、本来的に自立できていない政治家の存在が指摘できるのだ。 経済的に自立できていないから、【たかる】のである。政治家同士でたかり、業界団体にたかり、国家にたかる。 そりゃ、日本が沈むわけだわ、と思うのである。
2026/07/09(Thr)
高校野球
高2の息子は、熊本高校の野球部に所属している。
9日、夏の高校野球の1回選が、藤崎台球場で行われた。16時プレイボール。対戦相手は、熊本高専と菊池農業高校の合同チーム。 夫婦で観戦に行った。 ベンチ入りは20人。息子は大会前に20番のゼッケンをもらっていた。熊本高校の野球部は、4年生4人、2年生15人、1年生17人。 昨年はベスト8まで勝ち進んでいる。 本日の試合は、白熱し、4対3の辛勝だった。 熊本高校の野球部は、おそらく学内で最も練習時間が長い部活だ。 ほぼ毎日練習がある。 息子は、ずいぶんと逞しく成長したと思う。 もちろん、息子に出番はなかったのだが、試合前の円陣の様子を見ていたら、「彼は、なんて素晴らしい時間を送っているのだろうか」と思えた。 息子は、勉強だけでは決して得られない、【大切なもの】を手に入れている可能性が高い。 夕方の試合だったので、他の部活をしている生徒達も応援に駆け付けていた。 7回には、熊本高校伝統のゲンコツの応援が入り、大いに盛り上がったのであった。
2026/07/08(Wed)
カツアゲ
福岡県議会が揺れている。
7日に会見を開いた、元福岡県議会議長の吉松源昭県議。 元自民党 元福岡県議長 吉松県議 「人の弱みにつけ込んだカツアゲ、あるいは、みかじめ料的な状況であった」 7日、報道陣の前で、議長ポストをめぐり自民党県議団の幹部らの求めに応じ、現金合わせておよそ2000万円を支払ったと主張したのだ。 吉松県議によれば、正副議長に就任する前に、2000万円を超えるみかじめ料的な金銭の要求があったとのこと。 要求した側は、議長就任パーティを開催すれば、直ぐに取り戻せる、だからカネを寄越せ。 そんな内容だった。 もちろん、もらった議員たちは、知らぬ存ぜぬ、の立場。 日本の政治、つまりは自民党の政治は、公共事業と補助金で有権者を縛り、政治献金やパーティ券の販売を通して、バラまいたカネの一部を回収。 また、広告代理店や業者を通じて中抜きする政治でもある。 公共事業、補助金、中抜きの政治。 日本は1340兆円もの借金を積み重ねたが、公共事業、補助金、中抜きが横行しているため、非情に投資効率が悪い状態が恒常化していることが分かるのだ。 だから、発展しない。 八代市で斡旋収賄罪で逮捕された市議会議員は、自民党所属であったし、福岡県でも自民党が舞台なのだ。 でも、多くの国民は、そんな自民党が好きなんだと思う。
2026/07/07(Tue)
有権者廻り
7月に入って本格的に有権者廻りをしようと思っていたら、連日の雨。
今日、久しぶりに晴れたので、地域を廻った。 湿度が高い中での、有権者廻りは過酷なものとなる。計3時間ほど廻ったら、シャツは汗まみれになっていた。 昼の1時から、菊池市の草佳苑では月初会議が予定されていたが、代わりに妻に出てもらった。 年末まで残り半年、政治中心の生活になる。 日本維新の会は、来春の地方統一選挙に向けて候補者を公募。 目標は、熊本市の中央・東・西・南・北区のすべてで市議候補を揃えることだ。他の選挙区でも、可能な限り候補者を擁立することが目標となっている。 そして連動できる市議候補がいるのと、いないのでは、雲泥の差が生じることになる。 仲間を増やしていくこと。 選挙に出ると云うのは、やはり大変なことで、政治活動をしている最中は、仕事ができないことを意味する。 サラリーマンなら基本的に会社を辞める必要がある。収入源が絶たれたならば、背水の陣で挑むしかないのだ。 実際に濱田が最初に選挙に出た際には、会社を辞めている。 振り返るに、落選も含めていろんなことがあったが、よくやって来たのでは、と考えている。 朝街頭演説をして、午前中に仕事をして、午後からは有権者廻り。夕方からジムで汗を流す。 しばらくの間、これがルーティーンになって行くのだろうと思う。 |